依存症

 気がつけば冬季オリンピックが始まってました。年が明けた頃には「オリンピックは見たいから、テレビをなんとかするかなあ・・・」なんていうことを考えていたような記憶があるのですが、いつの間にか当のオリンピックは始まってるし、しかも、見られないことを別になんとも思わなくなってる。この生活になれてしまったのかな、と。
 世の中には絶対必要だと思っていても、いざなくてもなんとかなる物ってたくさんあるんだろうな、とか思ってしまいました。といいつつも、テレビがなくてなんとかやっていけているのも、パソコンがあるおかげなんですけどねえ。要するに、なにかしら世間の情報にはふれておく必要があるって事なんでしょう、きっと。「人間は社会的動物である」なんていうことを昔の偉い人がいったような、そんなことを聞いたような気がしますが、まあ、今でいうと、そういうことなんだな、って思ったり。
 ちなみに、自分の家にいて、パソコンがもし使えないとしたら、多分1時間ももちません。本を読んだり、勉強したり、音楽を聴いたり、とかいろいろすることがあるにはあるんですけど、なにしろいつもいっているように、寝ているときと楽器を弾いている以外のほとんどの時間はネットにつながっている生活をしているもんだから、日常的な生活の中にもうこの存在自体が完全に組み込まれてますよね。これは病気かも。そういう意味ではテレビより依存性が強い。だって、研究室で勉強中にテレビはついてない。でも、ネットワークにはつながってますからね。ふと、顔を上げたら、新着メールが届いていたり、そういうのが日常になってるから、そういう意味で、家で本を読んでいても、ふとパソコンの画面に目がいくわけです。うーん、重症か?でもこれって、今からの人間ってそうなっていくわけですよね。ネット家電とか出始めてるわけですし。と、自分を正当化してみたり。
 まあ、たとえ、病的であろうとも、たいした問題でなかったり。少なくとも自己責任。そして、迷惑かけてないし、と。さてさて、パソコン上のタイマーがそろそろお風呂がたけたことを知らせてくれそうです。