「音楽と科学」を読みました

年末からの読書もこれでひと段落。

Newton自体はかれこれ、何年だろ、、、7年くらい購読していて、ちょくちょくはてなブログのほうには記録を残しているんですが、ムックはこちらに書いておこうかな、と。

タイトル見た時になんかこれに似てるよな、と思ったけれど、それもそのはずで、中の一つの章がまるごと同じ著者だったというね。(余談ながら、これもう1年以上前のことなのかと)

「脳と音楽」を読みました – いとーけーのページ(2024.11.22)

発売直後はあっという間に売り切れ状態になってて、完全に出遅れた〜と思っていたけれど、ちゃんと再販されたので無事に入手することができました。(11月初版でこれが3刷なので結構速いペースでは)

定番の音楽と数学の話、楽器の物理的(音のなる仕組み的)な話、そして音楽と脳の話、このあたりまではNewtonでもたまにありそうなテーマで、あとはデジタル化などの技術の話とか、経路変わって音楽好きな物理学者の話。

最後の物理学者さんのところは、各人の研究テーマ(実績)のほうにも話が進んでいくので、「あれ?これ音楽の本やったよね」ってふと我に返ることもしばしば。

超ひも理論の交響曲の話は前も本紙で見かけたことあったなあ、と思いつつ、興味はあれど、先日の音楽史の本に書かれていた現代音楽のくだりが頭をよぎって二の足を踏んで・・・

それはそれとして、音階の成り立ちとか、楽器の鳴る理由とか、そのへんは音楽趣味な人たちにも是非とも目を通しておいてもらいたいよなあ、と思う今日この頃でした。

「若い読者のための音楽史」を読みました

2026年最初は、冬休みの読書から。

本屋コーナーをぶらぶらする機会がありまして、ふと目に留まった一冊を。こういうのがあるから本屋ぶらぶらも楽しい。若くはないけれど。

紀元前からK-POPまでって感じの音楽史。音楽史というとどうしても西洋音楽ベースになってしまうんですが、それは楽譜という概念がそこにしかなかった(そこからはじまった)からという歴史をひも解くにはある程度仕方のない事情がありつつも、それでもほかの地域の話も結構入っていて、意外と日本にもちゃんと触れられてるんですよね。

もともと宗教と切っても切れない関係があったことから、宗教の歴史と重なり、そして侵略の歴史だったり、戦争の歴史だったり、そのあたりとも密接に絡んでくるので、数千年に及ぶ人類史をざーっと眺めたような気分になってしまった。

男女の差とか、人種の差、民族の差、今はおおむね良好な方向に向かっている話ではあるはずだけれど、音楽的側面から見てもそのあたりは厳しい時代もたくさんあって、ただそうやって今の音楽が形作られてきたんだなというところもあり、ふむふむ。

中世からいわゆるクラシック音楽と呼ばれるジャンルの時代に、これまたどうしてもページがたくさん割かれていて(といっても全体の3分の1くらい?)そのあたりは知った名前がたくさん出てくるのでイメージしやすくて、最近いろいろ読んでる作曲家シリーズとも重ねて復習的なものになった一方で、それ以降のブルースやジャズ、ロックとやってくると知らない名前のほうが多くなって、歴史書読んでる時の誰が誰かわからなくなるあるあるが多発しておりました。まあ、これは単純に自分の慣れた分野によるんだけれど。

あらためて思ったこととしてはやっぱりクラシックっていうジャンルは今となっては結構特殊で、ほとんどの場合は作者と奏者が明確に違いますし、そして新作を演奏する機会もまずない。新しいものを作ろうとすると、どうしても既存の殻を破らなくちゃっていうそういう方向に進みがちで、そのせいで現代音楽が・・・みたいなことになってしまうそうな。演奏側の話でいっても、当時めずらしかったピリオド奏法ももう普通ですもんねえ。

理解できない絵画はその前を立ち去るだけでいいけれど、コンサートで理解できない曲が流れた時は、、、っていう感じのくだりは確かになるほどだった。

そんなこんなでメルティングポットである音楽を、これからもいろんな視点で楽しんでいけたらなあ、と思った年初でした。

「ハイドン (作曲家・人と作品シリーズ)」を読みました

先日のモーツァルトから同時代のハイドンへ。

ハイドンさんって、あまり人物像のイメージがなかったんですけれど、読んでみてある意味なるほど。いい人だ。そして、波乱万丈感はそんなにない。小さい時に歌の才能を見いだされて田舎からでてきて、音楽の勉強して、宮廷に努めて、真面目に曲を作って、作り続けて、長生きして、そんな感じ。

おもしろエピソード少ないから、自分の中にあまりイメージがなかったという話ですね。あと、シンフォニーというより弦楽四重奏のイメージも強くて、そっちは疎いからというのもある。

強いていえば夫婦仲がそんなに良くなかったことくらいか。まあそれも仕方ない感じあるし、だからといって女性関係がひどかったわけでもない(愛人っぽいのはいたみたいだし、ハイドン側からの情報しかないからほんとのところはわからないけど)

それと、良くも悪くも、曲が失敗したという話はあまりなさそうでした。「悪くも」というのは、未来を先取りしたような斬新な曲はなかったという意味で。同時代のモーツァルトとか、ベートーヴェンだと新曲が受け入れられなかったりしてたんでね。

交響曲などのその愛称についても小ネタとしてちりばめられていたのでいろいろ納得。自分で弾く機会でもないとあまりちゃんと調べないですからねえ。いずれにしても、日本語の熟語に訳されたものには確かに仰々しいことあるな。「告別」はやり過ぎな感じでせめて「送別」くらいだったのかも。「驚愕」も、だけどこっちはほかに思いつかなかった。

そうそう、大きな新発見としては「弦楽四重奏」の元祖だってことか。当時は、演奏者の編成や技量に合わせて曲を作るのが当たり前だったこともあって、なにやらたまたまそこにいるメンツがヴァイオリン2本、ヴィオラ、チェロだったから、ってことらしくて偶然の産物だったとか。もちろん、偶然とはいえ、その編成が良かったからこそ今に至るまでの巨大ジャンルになってるんですけれど。

とにかく長生きで筆を置くまで最前線で曲を作り続けていたってこともあって、モーツァルトやベートーヴェンとの絡みもいろいろあって、18〜19世紀の音楽史を垣間見たような印象でした。

さてこれでモーツァルト & ハイドンに向けての糧になったかなあ。

「モーツァルト (作曲家・人と作品シリーズ)」を読みました

モーツァルトというとどうしても映画「アマデウス」のイメージが記憶に鮮明に残ってしまっている今日この頃です。あれはフィクションだとわかっていても、どうしても、あのイメージになっちゃうんだよなあ。

さて、私の好きなピアニスト、バレンボイム氏曰く

作曲家には四つの種類の人々がいます。面白くない作曲家。面白い作曲家。偉大な作曲家。そしてモーツァルト。

のモーツァルトです。

イメージだと、神童でもてはやされて、そのまま有名な作曲家になって大忙しで、そして借金に追われつつ早世、、、という感じだったけれど、そんなことなかった。就職活動めっちゃ苦労してるし、ザルツブルクから、最終的にウィーンに出てくるのもめっちゃ時間かかってるし、ウィーンにいたのもたったの10年だし、とそうやったんや〜という感じ。

晩年のお金無い話もいろいろ新しい説も出たりしているようで、知ってる歴史が更新されているのを目の当たりにしたというかなんというか。

あとあれですね、下品なイメージあったけれど、親が書いた手紙にも下ネタあったみたいで、もしかしたら当時の流行だったのではっいうのはなんかおもろいな。

音楽家としてはもちろんいうまでもなく、それこそ神の才能なんですが、最後の交響曲3曲を2〜3ヶ月で書いたっていうのは本気ですか、みたいになった。あのジュピターがそんなにあっさりと誕生したのかという、まさにこれがモーツァルトか。

ちなみに今度取り組む曲もその時期の曲なのでそんなことも考えつつ、音楽つくっていけたらいいなあと思う次第です。

「グスタフ・マーラーの思い出」を読みました

11月の演奏会に向けて滑り込みで。

絶版なんですよね。なのでネットで古本屋さんを巡ってようやく入手。状態もいかにも古本(古書)って感じでしたが、それはそれとして。

作曲家に関しては、伝記とか自叙伝とか、こういう系統の本はほとんど読んでなかった(いつも読んでるのは評伝という感じのジャンル)んですが、この人(ナターリエさん)のはすごくよかった。自分の話はほとんどせずに、良くも悪くも淡々とマーラーの様子や言動を日記として書き残して、それがこの手元にあるわけで。

マーラー本人の言葉をできる限り正確に残してきたということを前提とするなら、いろんな答えが普通にたくさん転がってました。

もしなにか意味のあることを言うのであれば、すべては過剰なほどに豊富に存在しなくてはならないし、ひっきりなしに湧き出てこなくてはいけないんだよ

これ冒頭10ページで出会って、あーだからあの音の洪水か、と。

彼は、ゆっくり演奏してほしいところには、彼をはじめ皆がきまってやるように「リタルダンド」ではなく「急がずに(ニヒト・アイレン)」と記し、逆に次第に速くしたいところには、ただ「ひきずらぬように(ニヒト・シュレッペン)」とだけ書いた、ということだ。

はい、完全に正解ここにありましたー!ってね。

ほかにも、いわゆるベートーヴェンやシューマンの演奏時に編成に手を加えたこととかそのあたりの事情もあったり、それだけでなく、当時はこれだけ頻繁にいろんな演奏があったんだなあとか、曲が出版されないということはつまり総譜のオリジナルのバックアップができないという事情だったり、今まで読んできた評伝では知りえない生の声みたいなのを垣間見た気がして新鮮でした。

マーラーの指揮はどうだったんでしょうね。今見てもすごいのかな、今だとわりと普通なのかな、どうかな、というそんな妄想も。

どっちにしても、作曲家がほかの作曲家の曲を指揮するというのは胸中うごめくものがあったんだなあ、と。

時代的には交響曲第4番の演奏まで、ということで、残念ながら5番の話はちょっとだけ作曲中の3楽章のくだりが出てくるくらいなんですが、4番も演奏経験ありなのでそこはふむふむと読めたり、逆に2番とか3番の話はふーん(いつか演奏する機会があれば)となったり。

んで、これらの日記の最後が

マーラーは六週間前にアルマ・シントラーと婚約した。

からはじまる一節で終わってるのもなかなか印象的で、なんにしてもこれが絶版なのがほんとにもったいないです。アルマさんのは読んだことないけれど、少なくとも交響曲第4番まではこちらが詳しいですからねえ。

少しだけ近づけた気もしますし、また楽譜に向かった時の印象も変わるかも。気持ちの問題ですけどね。

何度も書いてますように絶版ゆえに残念ながら広くオススメはできないんですが、もしなにかの縁で手に取れる機会があれば是非。

「マーラー (作曲家・人と作品シリーズ)」を読みました

スコアも読まなくちゃだけど、課題図書もね、と。(スコアよりは圧倒的に持ち運びやすいので、通勤読書用)

半分は楽曲解説なので、ちゃんと読んだのはいつもながらに前半部分だけですが。

この時代になると職業指揮者、職業作曲家、職業指揮者兼作曲家、っていう風にいろいろ分かれてくるのかなと思ったわけですが、同時代の知っている作曲家の名前が出てくるのは当然ですが、20世紀初頭の巨匠と呼ばれた指揮者もでてきてほほーってなったり。

自分の書いた曲は自分の思い通りに演奏してほしいと思うのはまあそりゃそうだってことなんですけれど、棒振りとしても生計を立てていたからなおさらだったのかな。そこから生まれたあの大量のテキストたち。(昔はドイツ語辞典片手に苦戦していたけれど、今はネットに先人の知恵がたくさんあるので助かってます。あとAIもあるしね)

アルマとの関係はいろいろよくわからないところもあったり、時代だなあというところもあったりですが、亭主関白ではあるけど女癖が悪かったわけじゃないんだなあこの作曲家は、というそういう視点になってしまうわけで、それだけ作曲がそれぞれで女性関係に多彩バリエーションがあって、これくらいでまあそんなパターンもあるよね、という気持ちです。

本編とは直接関係ないかもですが、近代の作曲家と思っていたものの、やっぱり20世紀中盤以降(現代)とは違って医療技術の進歩が・・・って思った今日この頃。

まあ、例によって、これを読んだから演奏にどうっていうことにはならないけれど、せっかく演奏しますしお近づきの印にということで、ちょっとだけでもその音楽に近づけるといいな。そしてスコア読まねば。

「向日葵の咲かない夏」を読みました

子どもが買ってきた本を横から読ませてもらいました。ちょっと前の本ながら、最近話題になっていたようで。

ホラーミステリーっていうのかな。まあ、殺人事件を取り扱う話なんてだいたいが狂気・猟奇な感じになるよね、、、と、あー痛いのはいや〜とか思いながら、そういえば自分も高校生くらいのころは「天狼星」とか読んでいたわけであれに比べれば、というかあれは今は読めないだろうなあ、とか。

先に読んだ子どものネタバレにならない程度のちょっとした前知識を元に、これは「ハサミ男」的にきっとだまされるんだろうし、まあそれを楽しみに読み進めていこう、なんて通勤電車でぼちぼちと読んでいたわけですが、まあ、最後はめっちゃしてやられましたね。

そうきたかー!いや、確かに違和感ある描写だったりはしたのですよ。でもそっち?!みたいな感じで、これはまたちょっと時間あけてもう一回読んでみるといいかも。今はぱらぱらっと振り返って、なるほどこのへんがそうかーみたいな状況ですが。

というわけでおもしろく読ませていただきました。

ただ、小学生主人公だとどうしても完全に親目線になっちゃうよね、それも仕方のないことですが、というか別にそれはそれでいいんだろうけれど。

「ぷれりゅうど」を読みました

生誕100年ということで、芥川先生の作品を演奏する機会に恵まれましたのでいろいろ読んでいるところです。

いつもここに書籍購入用のリンクをはるんですけれど絶版しているので、大元のリンクだけはっておきます。

『ぷれりゅうど』 | 筑摩書房

エッセイ集と自叙伝なので、まあ一部ではおじさんのぼやきみたいなところがありまして、今風には微妙な一面もあるんですが、それはそれとしても、音楽のプロ/アマチュアに対する考え方とか、日本の作曲家(というか最近の作曲家)への思いとか、もちろん書かれたのはもう何十年も前の話ではありますけれど、ふむふむなるほどと思うところも多いですね。

父の印税で生活していたことから音楽の著作権へというくだりはなるほどそれはそうか、と。

アマチュア=愛好家なので、それはプロか素人かという話ではない。音楽はみんなのものであるべき。代償を求めず音楽を愛し、没入する気持ちこそアマチュア魂。ただひたすらになにかを愛することのできるひとたちが素晴らしくないわけがない。(本文より抜粋ざっくり要約)

そんな想いを胸にしつつ演奏できたらいいなということで、まずは練習しなくちゃだ。

ちなみに、古本で入手した経緯はこちら。

2613: 絶版本を求めて – itokの日記(2025.3.20)

「スタッフエンジニアの道」を読みました

年末年始の読書、といいつつ、実質は年明けてから通勤途中に地道に読んでました。電車乗ってる時間といえば往復で20分くらいなので、ほんとに地道に。

ご存知のように私は一人CEOでエンジニアでフリーランス的なこともして、自社のプロダクトもありますし請負の仕事もあるんですが、最近はそれに加えていろんな開発会社さんにも顔出させてもらってる状態です(2025年2月時点で、準委任的な業務委託は複数件同時進行)。

もちろん参加しているプロジェクトが自社が主体ではないのでマネジメントはしないわけですけれど、一プログラマとして関わっているものから、どちらかというテックリード(技術顧問?)みたいな立場のものもありまして、立ち位置的なものをなんとなく切り替えている今日この頃でした(心の中では「自称、傭兵エンジニア」って思ってるんですがそれはさておき)。

そんなタイミングで、この本が流れてきたので、これはなにかちょうどいいのでは?と思い手に取ったのが去年末、ということで。

この手の本が存在しないという出だしではありましたが、確かに人のマネジメントの本でもプロジェクトマネジメントの本でもなければ、設計やアーキテクチャの本でもないです。技術者の管理者ではない上級職としてのスタッフエンジニアとはなにか、どうあるべきか(ある「べき」というよりはどうあればよいか、かな)、みたいな感じでしょうか。日本でそういう立ち位置の人はどのくらいいるのかな。

自分くらいの年代のエンジニアさんは読んでもらったらいいのでは、と思うわけですが、まあとにかくコミュニケーション大事、あと自分の時間(≒自分の幸福)大事。

「時間があると思って何でも手を出してませんか?」みたいな記述に「完全に今の私では・・・」ってなったりw

最後に書かれていた「ソフトウェアに真剣に取り組む」これはほんとに大事。技術で世界が変えられると思ってこの仕事をしているわけだから、その技術に責任を持って、みんなの生活が少しでもよくなる、そんなプロダクトを世界に届けられたらいいですね、と。そんな初心のようなものも思い出させてくれました。

とりあえず、今日も明日もコード書いていきましょう!

「バッハ (作曲家・人と作品シリーズ)」を読みました

大物きました!パパ。

読み始めて思ったわけですが、バッハさん、本人が直接残したものって楽譜以外にはすごく少なくて、教会とか学校に残された記録が頼りになっていたり、しかも17-18世紀って江戸時代だし、他の音楽家以上に古い歴史上の人物の足跡をたどるっていう印象が強かったです。いついつどこどこでこんなことしたんじゃないかといった推測とか、そういうのばかり。ちょっとニュアンス違うかもですが、今まで読んできた作曲家は近代史から現代史という感じですが、バッハは近世史ということなんだなあ、と。

なにしろ、譜面もすべてが出版されているわけじゃない(というかほとんどされていなかった)から本人の直筆譜かまわりの弟子親族の筆写しか残っていないわけですし、それすらも残っていない記録にしかない失われた譜面(遺産相続とか、その後に売却されたり)もたくさんあるようで。

あとバッハ一族ひとが多すぎる。分類上、親族にみんな番号振られてましてね。我らがセバティアン(みんなバッハなので文中ではセバティアン)は24番でした。

そんなわけで本文中には日常的なエピソードのようなものはほとんど無くて、バッハの人となりとか、どういう思いで曲を、みたいなのは感じ取りにくかったわけで、とはいえ膨大な資料の前にあるたった一冊の本を読んだだけですけれど、その向こうにある広大なバッハの海をちょっとだけ垣間見た気がしました。ある意味これが歴史ロマンということなのかもしれない(知らんけど

愛妻家っていうエピソードをよく耳にする気がするのも、他に人柄的なもの(大勢に影響しない範囲で)が見当たらないからかもしれないですね。ちなみに、前妻との間に7人、後妻との間に13人の子どもができました。

そうそう、メンデルスゾーンさんが、マタイ受難曲を復活上演したことで再評価され、研究が再開されたっていうくらいで、バッハ研究自体も歴史が長くて・・・と書いていたら支離滅裂になってきたので、気になる人は手に取ってみてくださいな、と。

オケではなかなか巡り合わないですけれど、弦楽アンサンブルでは三度目のご対面。今までよりはちょっとだけ近づけた気がするし、またよろしくお願いします、ってことで。