メトロポリタン美術館展

 順序は逆だけども、献血にもいってきました。もう今さらなにもなし。医師の先生に「はかったように2週間ごとに来てますね」と言われたくらい。そりゃ、はかって行ってるんだから、当然です。いや、今回は2週間と1日分間隔が空いたけども。

 さて、本題。9時半開場なんで、まあ、それよりちょっと前くらいに現地に到着したわけなんですが、もうすでに目の前に観光バスは止まってるし、しかも、もう開いてるし・・・いいのか、そんなことで。ま、待たなくてよかったからいいんですけどね。早い時間にも関わらず、それなりに人もいたんですが、それでも、見て回るのにまったく不都合はないくらいのもんでした。相変わらず、僕はマイペースで、つまり周りの流れを完全に無視して、ぶらぶらと絵と対話をしていたわけなんですが、「絵画につけられた題名はどこまで必要とされているのか?」なんてことなんかを考えながらみておりました。
 今回のは、一応パリ系の、それも20世紀初頭のもの、にスポットを当てていたんだと思うんですが、20世紀初頭という時代のなせる技か実に多彩な感じがしました。メトロポリタン美術館は館内にいくつもの美術館をもっているようなものだ、という言葉もよくうなずけるほどに。
 今日の結論。ピカソはやっぱりすごいや。といっても、初期のピカソがかなりお気に入りでした。なんで、いつものように、最後まで見て回ったあとに、お気に入りの何点かの絵をじっくりと見直そうと思って、これまた豪快に逆流しようと思ったんですが・・・その目論見は阻止されました。高校生の団体様ご一行による美術館の占拠により。もうさいてー。無秩序で、絵にはまったく無関心な連中がどやどやと向こうからやって来るではないですか。一応、それにも逆らって、戻ってみたものの、途中で結局断念。なにしろ、あまりの人込みに通行不能。さすがに逆流は迷惑か、とそういう感じで。仕方がないので、もう一度進路通りにすすみつつ、別の絵を見直しにいったんですが、なんとまあ、彼らの侵略はもうそこにまで到達していたのです。はやいって、それは。結局、毎度おなじみのお気に入りをじっくり見ましょう、という企画は達成されないままに、ちょっと不満を残したまま会場をあとにしたのでした。
 で、お土産コーナーに行きますと、そのお気に入りになった絵の関連グッズがたくさんたくさん。うーむ。かなり迷う。いや、栞はあったんで、栞コレクターもどきとしては、それを買うのは当然なんですが、それ以外にも、買うか買うまいか・・・それらの前をうろつくこと数分。結局、ポストカードだけ買いました。絵は、栞と同じなんですけどね。ちゃんと飾ろうかな、と。

 次は、明後日からの「大レンブラント展」ですな。これは国立博物館なんで、相当なる覚悟が必要でしょうね。あと、運も。
 あ、10月も終わりか・・・

集中講義

 じつに久しぶりの講義でした。えーと、まあ、すでに論文に関する研究以外の単位、つまり講義なんかで取得しなければいけない単位、というのはそろっているので、この夏が終わってから、全然講義には参加していないんです。だから、7月くらいを最後にまったく講義を受けてなかったわけなんですが(といっても、それまでだって今年度に入ってからは週に1コマだったし、それも結構大学院の教養的な講義でした)、そんな感じで、久しぶりの講義になったわけです。しかも集中講義。2日間ぶっ続け・・・計7コマ分でしたけどね。なにしろ、朝から夕方までっていうのがなんともなんとも。
 普段はそういう生活をしているわけじゃないから、確かに、9時頃に学校には行っているんで、1限からの講義だとしてもさほど影響はないですけども、でも、その時間区切りに縛られた、っていうのはなかなか久しぶりの体験。
 話は非常に面白かったです。なにしろ、うちの研究室主催の集中講義だったから、今まであったどの講義ともちがって、結構自分のもっているバックグラウンドで対応できましたからね。お話として大変興味深く聞かせていただきましたよ。
 とはいえ、そんな中でも、自分の研究を完全に頭から排除することも出来なくて、幾度となく頭の中を論文構想が駆け巡ったりして、それはそれで大変だったんですが、ま、もう講義も無事に終わりましたので、こちらに専念することにいたしましょう。と思ったけども、来週も集中講義があるんだった。今度は1日2コマくらいずつの4日間という、なんともいえないスケジュールで。(別に単位とかはいらないんだけども、話は聞いておきたいですからねえ)

藤原清登ライブ

 に行ってきたわけですけども、それについての詳細はベーシストモドキの方にて、ということで、そのホール(というかライブハウス?)に置いてあったピアノのお話。
 ピアノのメーカーっていうとどういうのを思いだすでしょうか?国産だったらYAMAHAとかKAWAIとかで、まあこれらって非常に家庭的なものをたくさん生産していることもあって、馴染みも深いものだと思います。(ちなみに、いとー家にあるのはKAWAIのアップライト。17年前!に購入した時にすでに中古だったはず)
 さて、ホールとかではどうかっていいますと、多目的ホールみたいなところ(いわゆる市民会館みたいな)では、まあ、だいたいYAMAHAの普通のグランドピアノとか、よくてコンサート用のコンサートグランドくらいのものが置いてあることがほとんどで、もうちょっとちゃんとしたところ、つまり本来クラシック用であるような場所でしたら、メインとしてスタインウェイのコンサートグランドが置いてあることが多いでしょう。そして、多分一番メジャーな高級ピアノメーカーとしてはこのスタインウェイが挙げられるでしょうし、だいたいにおいて、プロのピアニストのみなさんも、ホールに備え付けのこれを使っていることが多いようです。(たまに海外のピアニストでmyピアノを持参している人もいるんですが)
 でもって、もう一つメジャーなメーカーを、といわれれば、その次には多分ベーゼンドルファーがあがってくるんだと思います。あまり使われているところを見たことはないですが、これとスタインウェイを両方置いてあるようなホールはかなりのもんだと思います。(そもそもベーゼンドルファーまで置いてあるホール自体そんなに遭遇したことはないです)あ、ちなみに、この間ピアノデュオのバイトに行ったホールには、なんとスタインウェイが2台とベーゼンドルファーが1台置いてありました。あれはすごかった。
 で、今日、そこにあったのは、以上のどれでもなかったんですが、僕にとっては、妙に縁のあるメーカーだったのです。Grotrianというメーカーで、多分そこにあったのは、普通のグランドピアノの類いだったと思うのですが、僕が今までの中でもっとも高価なものに直に触れた体験というのが、このGrotrianのフルコンサートグランドピアノをお店で弾かせてもらったことがある、というやつなんですよ。えーと、ちなみにこのメーカー、もっとも安いアップライトですら、国産のグランドピアノに匹敵するお値段です。(匹敵するっていうか、越えてるんですが)で、そのフルコンサートは、確か2千数百万だった(4年ほど前のお値段ですが)と思うんですけどね。あれを弾いた(それも結構ちゃんと弾かせてもらった)時は、いつかピアノを買う時が来たら(それも電子ピアノじゃなくて、ちゃんとしたのを)Grotrianの一番安いやつでもいいから欲しいなあ、と思ったものです。
 たまたま今日の会場で、そのメーカー名を目にして、ほぼ完全に忘れてしまっていた過去の話を思い出したのでした。

言霊

 言霊(ことだま):「言葉にあると考えられた呪力」。そういう呪力を持った言葉のことかと思っていたけども、ま、それはいいとしまして、世の中の言葉には2種類あります。人(の心)を大きく動かす力を持った言葉と、そうでない言葉。でもって、今は前者の方に注目することにしましょう。
 この力を持った言葉にもさらに2種類ありまして、それ自体が力を持っている言葉と、その言葉を発する人によって力を送り込まれた言葉。まあ、この辺まではよくある話ですよね。ご理解いただけるんじゃないかと思います。
 さらにさらに、ここで問題にしたいのは、そのうちの後者。これにも2種類あるんですよ。その言葉がそれを発する人のオリジナルでありそのオリジナル性によって力を送り込まれる言葉と、その言葉自体はごく普通の(普段なら力を持たない)言葉であるのにそれを発する人によって力を送り込まれる言葉。わかってもらえますか?豊かな想像力と温かい心によってとりあえずこの分類を理解してもらいまして、と。
 もちろん、ここで最終的に注目しているのは、このうちの後者、「ごく普通の(普段なら力を持たない)言葉であるのにそれを発する人によって力を送り込まれる言葉」です。いや、だからどうっていうわけでもなくて、単に、ほんとにこういう言葉って存在するんですよね、って最近実感したもので。何度も何度も、その言葉を自分の中で繰り返してみたけども、やっぱりその言葉の文字の並び自体に特に特別なこともなにもなくて、どこにでもあるフレーズだろうし、誰でも使っているようなそんな言葉であるにもかかわらず、なぜに僕の心はその場面においてこんなにも揺さぶられるんだろう?と。そういう実感です。結構気持ちいいですけど。こういうのって。その言葉の本来のなんでもなさ具合が。

 さて、急に寒くなっております。いきなりのことでかなりつらかったりする。でもまあ、また少しは持ちこたえて欲しいもんです。確かにもう11月ですけどねえ。

コーヒータイム

 一応、毎週末の習慣にしたいな、と思っている喫茶店巡り。今日は、昨日書いたように自転車パンクのままなんで(近くの自転車屋さんは週末お休み)、近場に徒歩でいってきました。とはいっても、いつも、買い物帰りとかに前を通っていたのに、さほどに目に留まらなかったらしく、そのお店に気づいたのは先週のことでして、ま、近いところにこんなお店があったのか、という感じでいってきました。
 だいたい2時前くらいだったと思うんですが、日曜のお昼過ぎで、しかも通りに面しているような店じゃなくて、どっちかという住宅街の中にあるといった感じのお店なんで、僕が中に入った時にちょうどそこにいた老夫妻が入れ違いに出ていって、完全にお店は僕の貸し切り状態。すごい人のよさそうなおじさんがやってきて、丁寧に応対してくれました。
 なんでその店が目に留まったかっていうと、ネルドリップで珈琲を入れてくれるとかそういうこだわりのあるお店のようだったわけでして。さて、メニューを見ると、今でこそいろんな豆を注文するようになったから、だいたい一度は目にしたことがあるような名前が並んでいたりしまして、そういうのはちょっと嬉しかったり。でもやっぱりその店独自のブレンドが一番飲みたいですよね。(というか、食事と一緒に珈琲を、って思うとたいがい自動的にブレンドになることが多いですが)
 店内には静かに、ほんとに静かにクラシック(マラ5のアダージェットとか、ヴォカリーズ、ドビュッシーのアラベスク、ショパンの夜想曲、等々)が流れていて、あくまで音楽は主体ではなく、ほんとの意味でのBGMだな、とか思いながら、持ってきた本をのんびり読みながら、注文したものがやって来るのを待ちました。まずは食事で、それが食べ終わったのをみはからって、「じゃ、今から珈琲入れるんで、もう少しお待ちください」と、メインイベントの到来。
 珈琲がやって来るころにはその静かな店内と、ご主人のその落ち着いた人柄に、すっかり僕まで落ち着き払ってしまって、そして、そんな状態で口にする珈琲はなかなか格別でした。これこそがほんとのコーヒータイムだな、と。毎朝、バタバタというほどでもないけど、学校に行く前にささっと淹れて、ネットをチェックしながら飲む珈琲とはわけが違うのですよ。完全に外界からシャットアウトされて、そして静かに、心も静かに、そんな中で飲む珈琲は。
 また、いこうかな。と、でも、来週はまた別のところにいきましょう。もう候補は決まっているし。

府立医科大オケ定演

 に行ってきました。ま、詳細は「奏子」にまた書いてるんですけども、なにしろ、今日の主なイベントといえば、これだけだったもので。あとは、なんか知らんですが、昼前後くらいからプログラムをいじっていたら、いつの間にか夕方になってしまってて、演奏会に出かけないといけない時間だったり、とかそういう感じ。
 夏の終わりにやったマラ9オケ、その時の関係者が結構たくさんでているとか、というか指揮者は同じ人だけど、そういうつながりもあって、聴きにいくことなったわけです。見てると確かにかなり知った顔がいました。あのオケで一緒に弾いている時は、あまりみんなの本来の所属団体みたいなものは気にしてはいなかったんですが、こういう感じだったのか、と、遅ればせながら発見。
 会場は1000人くらいのホールだったんですが、消防法云々の話は関係ないのか、立ち見がたくさん。これくらいうまるんだったら、もうちょっといい、大きめのホールでもいいんじゃないの?って思ったり。立ち見の人がいると若干ながらに演奏中もがさがさと音がきこえてくることが多いみたいで、そういうのは気にならないこともなかったですしね。(だいたい、会場10分前くらい前に着いたら、長蛇の列だったし)
 いつものことながら、ああいう本番を見ると、早く自分も本番をむかえて舞台で演奏したいなあ、とか思ってしまうものです。といっても、来年の春までないので、まだまだお預けですが。

 あ、昨日、なぜか自転車のタイヤがまたパンクしていたので、かなり機動性に問題のある週末を過ごしております。今日は天気も悪くて、それほど問題じゃなかったけど、明日はどうしようかな。

ヘッドフォン

 というと、まあ、大きくわけて二つになると思います。多分。いわゆるヘッドフォンと、インサイド(ヘッド)フォン。違いといえば、前者は耳に当てるタイプ、後者は耳に入れるタイプ。ま、後者はいわゆるイヤーフォンですか。
 さて、僕は家で、大音量で聞くときはヘッドフォンを使ってますし、iPodなんかを使って聞くときはインサイドフォンを使ってます。で、今回は、このインサイドフォンのお話。って、言ってもたいしたことじゃないんです(しかも専門的な知識はいっさい有しておりませんので、単なる感じたままのイメージで話してます)
 が、インサイドフォンって一般的にはちょうど耳の大きなくぼみにはいるくらいの大きさになってるじゃないですか。そこにすぽっと入って、まあ、音が外にはでていかないように、そして全部の音は耳の中に入っていくように、とそういう設計になっているんだと思うんですが、しかし、そんな中にも「向き」というものがあったんですね。どういうことかって言うと、その耳の大きなくぼみと耳の穴の角度の問題だと思うんですが、すぽっと入ったインサイドフォンの正面に耳の穴が来ているとは限らないんですよ。これはだから思いっきり個人差がある。
 そして、今日、僕の場合は、正面に穴がないことが判明。つまり、普通に耳にはめた場合だと、音量的には損していることになるんです。いや、もしかしたら、それがねらいなのかもしれない、という気もする(つまり、直接的に耳の穴に音が飛んでいかないようにわざとしているのではなかろうかと)わけですが、でも、そうはいっても、耳の穴に直接入れるタイプのものもあるわけで、そのあたりはよくわからないですね。感じ的には、直接飛んできた方が、その耳の穴の中(手前のくぼみの中ではなく)で響いているので、すごくいい感じです。今の僕の耳的には、現実的に、直接音が飛んでくるようにインサイドフォンをずらしたまま着用しているのはちょっと無理があるのが残念。
 そんなわけで、そういう直接穴に入れるタイプのものの存在意義がよくわかったと同時に、そのタイプのものを使ってみようか、という気になった一日でした。早速、手に入れる算段をしようか。(ヘッドフォンにしろよ!という意見は却下。だって、出先で装着してないときは邪魔でしょ、どんだけコンパクトになったからといっても)

 今日、京橋にて、例のアンデス音楽のグループに遭遇。時間的に余裕があったので、しばらく聞いてました。金銭的な余裕はなく、CDを買いたい衝動は理性的に排除しましたけども。

甘い?

 甘いんですよ。ものすごく。ご飯が。こんなに甘味を感じようとは思ってもいませんでした。
 いや、別に、ただの普通のご飯ですよ。普通のお米を炊いただけのご飯。だけど、その甘味に非常に敏感になっている自分がいたわけです。たかだか、数ヶ月玄米を主食をしているだけで、そんなに感覚が変わってしまうのか、とびっくりですな。
 いやいや、もちろん、もともとご飯は甘味成分を持っているわけで、よく「かめばかむほど甘味が増す」なんて感じの話を聞いたこともあるわけなんですが、そういうレベルの問題ではありません。一口食べただけでもその甘味を実感してしまうんです。そしてその瞬間「甘っ!・・・」なんともいえない不思議な感じ。別においしくないとかそういうんじゃ決してないわけで、というかむしろおいしい、なのにもかかわらず、やっぱり今までの20数年間食べてきた米とはまったく違う印象をここで与えられて、感覚もびっくりしているんでしょう。きっと。ほんと普通のお米のはずなんですけどねえ。(しかも別に上等なやつじゃない。単なる学食のご飯だし)これは非常に新しい発見でした。そういや、確かに白米はかなり久しぶりだったし。

 「独り言」2周年を記念して、というわけじゃないけど、CGIを新しいのに書き換えました。ま、みなさん的にはなんの変わりもないでしょうが、作成する側にとってはかなり使いやすくなって嬉しい限りです。ただ、それに付随して、独自のスクリプト(自分のサイト用にいろいろカスタマイズをしているんで)も書き換えなくちゃいけなくて、まだ完璧な物にはなっていないので、またしばらく試行錯誤を・・・

実は2周年

 実は、というか、この「独り言」を書き始めたのはちょうど2年前の今日だったりするみたい。そういえば、もう2年になるなあ、と思って、ふと2年前の「独り言」を開いてみると、じつにいいタイミングなことに、2000/10/23というのが、最初の日付になっていた。当時はわずか10行もいかない程度の、って今もたまにはそんなもんだけど、ほんとに日常の些細な「独り言」だったんだけども、気がつけば、なんだかある程度の量を書かないと、という気分になってきたり、ある意味そういうものを自分に課したわけですけども、ま、なんにせよ2年続いているというのはすごいもんです。その日に外泊して、ネットに接続できない、とかそういう理由でない限りは、飲み会で朝帰りをしてもちゃんと書いてるし、外泊してる時でも、あとでまとめて書くこともあったり、そういう意味ではほとんどお休みなしです。今までこんなに続いたことはないよね、当然だけど。これはやっぱりネットの力です。もしかしたら、誰かがこれを読むのを日課のようにしているかもしれないし、日付が変わっても、昔の「独り言」をずっとトップページに掲載しているわけにはいかないし、そういうウェブページを管理するものとしての自分なりのこだわりがそうさせたとか、そういうことでしょう。多分。

 ところで、今日は、たまにある「独り言」を書く気の起こらない日。(といいつつ、たまたま2周年だったから、これだけ書けてるけど)昨日いってた、データ処理もやっと一段落して、ずっと図書館に通い続けて本棚に返却されてくるのを待っていた本を借りることが出来たんで、それにどっぷりです。いつものように、紅茶を片手に(ってもう飲んだけど。今日はちょっとシナモンでもふりかけてみた)眠気が襲ってきてどうしようもなくなるか、読み終わってしまうのか、どっちが先かはわからない、そういう時間を過ごしておりますし、今からもそう。だから、「独り言」を書いてる場合じゃないな、とか思ってたわけですよ。ま、たまに、そういう気分の時があります。でも頑張って書きますけど。

 なんか10月はあっという間か。もう月末ですもんね。そして、今日は「霜降」だったり。「露」ではなくて「霜」、冬の到来ですか・・・

プログラム漬け

 なんか、ここのサイトの最近の更新履歴を見ていても、毎日のようになにかしらソフトのヴァージョンアップをしていたりする今日この頃ですけども、というか最近更新そのものがソフト開発関係ばっかりやんと思ったり、まあそんな感じなので、結構家にいる時はプログラムしていたりするわけです。なのにもかかわらず、といいますか、昨日も書いているように、研究室でもずっとプログラムを組んでいます。ということは、最近は1日中プログラム漬けか。ようやるわ。
 とはいえ、ちょっとちがうんですよね。家でのMacプログラミングと、研究室での数値計算(今は特にデータ処理用)プログラミングは。なんといっても、家のは出来なくても、ほんとのことをいえば困らない。研究のは出来ないと論文かけないけども。でも、家のほうがやる気になったりする今日この頃。だって、今日も昼間ずっとデータ処理用プログラムを書いていたけど、昨日からほとんど前進してなかったりして、結構うんざりだ、とか。ま、そんなに投げやりにはなりません。だから、こうやって、家で楽しくプログラムを組んで(しかも、こっちは結構うまくいく)、気分転換をしてから、頭の切り替えをしないとね、と。そしたら、明日はまた新しいアイディアが浮かぶかもしれませんし。というか若干浮かんでいるから、早速明日はそれで再々チャレンジしてみますが。
 夕飯時に帰ってきて、飯を食ってから、これまたずっとソフトをいじっていたら、紅茶をのんびり飲むことも、「独り言」を書くことも忘れて、気がつけば、こんな時間だ、とか、そういう感じでちょっと焦ったりしてるんですが、でも、まあ、自分的にはいいものが出来てよかったです。とりあえず、自分本位なので、自分が欲しいものを作って、出来ればみなさんもどうぞ、といった感じですからね。
 あ、実は、今日のでソフトは6作品目だ。早いもんです。似た物ばかりだけど。さ、次はどれをいじろうか・・・